あの日から

あの日から

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今は自転車を横置きにして 様子を見ています

横置きすれば 車も入って来れないはず


写真でも傷は見えるくらい深い・・・
この傷が数か所だから嫌になるよ
あーやだやだ

大がかりな費用をかけて工事をするか
簡易的なポールなどを置くか 考え中

この写真を撮りに外に出たら
奥のアパートではなにやら1人の女性が
車にガムテープで紙を貼っています

おそらく「駐車禁止」とでも貼っていたのでしょうね
大家さんなんだと思います

どこも大変ですね・・・


こんな悩みも 5年前のあの日 無事にいられたからこそ
忘れられない恐怖

当時 長男は中学2年生
先輩の卒業式に参加し 1番先に家にいた子

テレビを押さえ 窓を開け 通帳を持ち ブレーカーを下げ
避難準備していたけれど モモの姿がないと慌てていました

そこへ外出先から私が戻り クローゼットの奥で
小さくなり そして震えてるモモ発見

よほど怖かったと思います

なにをどうしたらいいのか・・・
しっかりものの長男がいて 心強かったです

小学校6年だった二男を迎えに行くことも忘れ
小学校近くの父が迎えに行ってくれていたり

すぐさま近くのコンビニに行き
買えるものを買おうと 並びながらの余震の怖かったこと

おひとり様 数点限りと言われた店内は
品物もガラガラ

ひとまず2~3日食べられる食材やガスボンベを調達

停電のため ローソクの火で何夜も過ごし
余震が来るたびローソクを吹き消しました

リビングに布団を持ってきて 
毛布に包まって気を紛らわせるためトランプ

水道も止まってたので トイレへ流す水はお風呂に貯めた水

これもしっかり者の長男から 貯めておくように言われたこと


ずーっと続く余震
いつ避難してもいいように モモはキャリーケースの中

ラジオで旦那の実家付近が 津波で壊滅的になってると知り
でも映像を観ることはできず

初めてテレビを見た時の 信じられない光景 津波の恐ろしさ 
私の知ってる場所の変貌が 恐ろしかったことを覚えています




幸い 旦那の両親 兄は無事でしたが
家は流れてしまい そして今でも仮設住宅で暮らしています


あれから5年なんですね・・・
長男は中学高校と卒業し 今は大学生
二男は小学校中学校と卒業し 今は高校生

5年はあっという間に過ぎたけど
まだまだ復興には時間がかかります



今 こうして生きていられること
みんなが無事なこと 改めて感謝しなければいけませんね

それぞれの3.11
あの日 みんなはどんなふうに過ごしていましたか


もうこんな地震がおきないことを 祈るばかりです




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~ Comment ~

本当に助かった命を大事にしなきゃ、と思う日です。
東北には毎年旅行に出かけていて
夏に車で通ったところが壊滅した映像を
あとから見てとてもショックでした。
復興までまだまだ時間がかかるけど
諦めちゃダメですね。
みんなで頑張りましょう

Tocchiさん
こんばんは
ほんとうにあの日は恐ろしかったので
もう経験したくないなって強く思います
東北にいらしてるんですね
私の住んでる町にもいらしてるのかな?
復興はまだまだですけど・・・
被災地は一歩一歩頑張っています
みんなで頑張りましょう・・・ありがとうございます♪
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